日月神示 ({{engl}})

日月神示(ひつきしんじ)は神典研究家で画家でもあった岡本天明、1897年(明治30年)明治30年–1963年(昭和38年)昭和38年に「国常立尊」(別名、国之常立神)と呼ばれている高級神霊より自動書記によって降ろされたとされる神示、神典である。
原文はほとんどが漢数字、かな文字、記号の混じった文体で構成され抽象的な絵のみで書記されている「巻」も有る。

その難解さから当初は書記した天明自身もほとんど読むことが出来なかったが、仲間の神典研究家の協力などで少しずつ解読が進み天明亡き後も妻である岡本三典の努力により、今では一部を除きかなりの部分が解読されたと言われている。
しかし、一方では神示の中に「この筆示は8通りに読めるのであるぞ」と書かれている箇所もあり解読法の一つに成功したという認識が関係者の間では一般的で、その為に仮訳と言う副題を添えての発表も有った。
なお、日月神示の構成は本巻38巻と補巻1巻の計39巻から成る。
別名「ひふみ神示」または、「一二三神示」とも呼ばれる。
また、上記の他にも神霊より発表を禁じられている「巻」が13巻有り、天明は「これら未発表のものは、或る時期が来れば発表を許されるものか、許されないのか、現在の所では不明であります。」と昭和36年に語っている。
日月神示はその登場以来、関係者や一部専門家を除きほとんど知られていなかったが、1990年代の初め頃より神典研究家で翻訳家の中矢伸一の著作等により広く一般にも知られるようになって来たと言われている。

日月神示の降ろされた時代背景
写真は若かい頃のもの。
近衛は第34、38、39代と3期にわたって内閣総理大臣をつとめた。
近衛は敗戦後にGHQよりA級戦犯者のひとりとして指名されるが、その出頭命令日前日に服毒により自ら命を絶った。

第二次世界大戦も終盤に差し掛かった昭和19年(1944年)4月18日に今後の戦局を占う意味や日本の古代史の事を聞く目的もあって東京の原宿で扶乩(フーチ)実験が行われた。
扶乩とは中国に昔から伝わる神霊の御神意をうかがう占い方法で、一種の自動書記現象である。
この時の参加者は日本の古代史を研究していた修史協翼会のメンバーや、陸軍少将の小川喜一等であった。
その場において審神者(サ二ワ)兼司会進行役をつとめたのが岡本天明であった。(天明はこの頃、東京の千駄ヶ谷に在る八幡神社(鳩森八幡宮)で正神主が出征中の為、留守神主をしていた)
この時に降臨した神霊がその後に日月神示を天明に書記させていく「国常立尊」で、これがその後に続く機縁の始まりだと言われている。
ただこの時には「日月のかみ」や「天之日月神」と名乗り国常立尊とは名乗っていない。
この扶乩実験の後、終戦直前の昭和20年の夏のある日に軍関係者(青年将校達数名)が天明のもとを訪れたのは、それまでに都合3度の内閣を組閣しその後も隠然とした力と、軍部の考えとは正反対に独自の終戦工作を画策していたらしい元内閣総理大臣経験者である「近衛文麿」に関してであった。
将校達は「近衛は弱腰で役に立たない。」と述べた。
さらに、「このままでは日本は滅びるだけだ。」と続けた。
また、「そこで、御神霊の意見を是非うかがって、その返答によっては近衛の殺害も厭わない」と述べ、かなり殺気だった雰囲気に包まれたと言われている。
しかし、それは天明の賢断によって無事に回避されたという。
その判断とは「軍関係者の望んでいる答えと御神霊の答えが違っている場合はどうするのか?それを聞かなければお伺いは立てられない」と天明が言った事に対して、軍関係者達に神霊の言葉に従うという内容の約束をさせた事であった。
神霊の回答は「それはならぬ」だったという。
この頃はまだ日月神示の解読は十分されてはなかった筈だが、軍人の一部にはすでにこれを信頼し神聖視していた者もいたらしい。
神示にはその後の日本の敗戦を明らかに書記されている部分があり、希望を失っていた軍人の中でも、前もってそれを知っていた為に終戦時に自殺を思いとどまった者も多く居たという。

日月神示が遂に降ろされる

前述の扶乩実験の約2ヶ月後の6月10日に天明は知人であった高田集蔵の誘いで千葉県印旛郡公津村台方(現・成田市台方)を訪れるが、そこに実験の時に現れた天之日月神を祀る延喜式内社で麻賀多神社の末社である「天之日津久神社」があった。

神典研究家であった天明でも天之日月神がいかなる神なのか、また、どこに鎮座され祀られている神なのかが扶乩実験後もしばらくは分らなかったと後に述懐している。

天明によると天之日津久神社を参拝し厚く御礼を申し上げ、社務所で一息ついている時に予期しない自動書記現象が起こったという。
画家でもあった天明は画仙紙や矢立を常に持ち歩く習慣がありこの時も例外では無かったが、突然、額のあたりに「ピリッ」とした強い衝動と右手に非常な激痛を感じ(天明の言葉によれば、右腕に焼火箸を突っ込まれたような激痛だったという)、矢立と紙を取り出したところ自分の意思に反して猛烈な勢いで筆が走り意味不明の殴り書きをした。
以前から霊的体験が豊富で自らも霊媒役等を務めた経験がある天明は、右腕の激痛時にこれらは自動書記の前触れかもしれないと瞬間的に思ったという。
従来の自動書記では天明自身が中止しようと思えば中止出来たが、今回の場合は中止しようとすれば更に右腕の激痛が耐えられぬほどになり全く自由にならなかったという。

これが後に日月神示と呼ばれる神示、神典でこの日が発現の重要な日となった。
なお、書記を終えた時には先程までの右腕の激痛は嘘のように消えていたという。
その後も神示が降りてくる時には右腕が痛くなり、書記が終われば治まるということの繰り返しが続いたと言われている。

なお、この時に書記されたものが日月神示の第一巻である「上つ巻」(うえつ巻)の第一帖及び第二帖であった。

日月神示原文と解釈
麻賀多神社の社務所で天明が最初に自動書記で書かされた原文は右のようなものであった。
「二二八八れ十二ほん八れ ㋹の九二のま九十の㋹のちからをあら八す四十七れる」。
これは次の通りに読めると言われている。
「富士は晴れたり日本晴れ。」
「神の国のまことの神の力を現す世となれる。」
続いて「卍も十も九も八きりたすけて七六かしい五くろうのない四かくるから 三たまを二たんにみかいて一すしのま九十を十四て九れ四 いま一十九十六あるか 九の九六八三たまを三かいておらぬ十こせぬ 九の四八まって二十十七一九六てある」。
これについても、読み方は「仏もキリストも何もかも、ハッキリ助けてシチ難しい御苦労の無い世がくるからミタマを不断に磨いて一筋のマコトを通して呉れよ。
「今一苦労あるが、この苦労はミタマを磨いておらぬと越せぬ。」
「この世始まって二度とない苦労である。」

これは次のように解釈されている。
「マコトの神が世に出現して神の力を現して、すべてを助け何の苦労もない理想的な世界に立て直していくが、その前には人類は未だかつてなかった程の大災厄や大試練を迎えなければならない。」
「助かる為には身魂(心、精神、身体)を絶え間なく磨きつつ備えよ。」
「磨いていなければ助かることが出来ない。」
これらの帖を手始めに昭和19年から天明が亡くなる2年前の昭和36年まで17年間にわたり神示は書記されていく。
日月神示は「人間の生き方」、「正しい食生活について」、「夫婦のありかた」、更には「霊界」の実相についても書記されているなど非常に広範囲にわたっての記述が見られるが、未来に関するいわゆる「予言書」的な記述部分も見られる。
日月神示はそのほとんどが数字や記号で書記されているが、その理由を神霊自らが神示の中で次のように述べている。

「高度の霊人の文字として、殆ど数字のみが使用されている場合もある。」
「数字は、他の文字に比して多くの密意を蔵しているからである」(二日んの巻第十三帖)
「天人同志の文字は数字が多いぞ。」
「天人の言葉はマコトであるから、只一言で万語を伝え得るぞ。」(「星座之巻」第十八帖、第十九帖)
同様な事は霊能者で有名なスェーデンのE.スウェデンボルグも天界探訪の事を記した自著で「天人の文字は数字ばかりであった。」と書いていて興味深いものが有る。
日月神示より以前に他で出された物ではこのような事は見られず、神霊が「今まで他に出て居たのは皆、神示先(ふでさき)ぢゃ。ここは神示(ふで)ぢゃ。キの神示ぢゃ」(カゼの巻第六帖)と書記させている。
また、「アメの巻」第十三帖でも次のように語っている。
「外で判らん根本のキのこと知らす此の方の神示ぢゃ。」
「三千世界のこと一切の事説いて聞かして得心させて上げますぞや。」
「落ち着いて聞き落としのない様になされよ。」

また、一方ではこの神示は単に現界に生きる人間のみならず、天界や霊界、また、その他多くの世界に住んでいる存在(神、竜神、天人、天使、霊人達)にも等しく与えられているらしい次のような記述も見られる。
「この神示は、神と竜神と天人天使と人民たちに与えてあるのぢゃ」と「極め之巻」第十八帖で述べている。

三千世界の大道

日月神示の内容は極めて広範囲にわたり、そのそれぞれに多くの記述が見られるが最も大きな特徴は神霊自身が「黄金の巻」第二帖で次のように述べている。
「今迄の日本の宗教は日本だけの宗教。」
「この度は世界のもとの、三千世界の大道ぞ、教えでないぞ。」
このように神示を宗教でもなく教えでもないと語っている。
その為に既成宗教の信仰のあり方や教えとは大きく異なるものが多く、それらを否定している記述も随所に見られる。
例えば既成宗教では有名な教えのひとつとされる「右の頬を打たれたら、左の頬も出しなさい」と言う教えについてでは日月神示を書記させたこの神霊は次のように述べている。(極め之巻第十五帖)

「右の頬をうたれたら左の頬を出せよ、それが無抵抗で平和の元ぢゃと申しているが、その心根をよく洗って見つめよ。」
「それは無抵抗ではないぞ。」
「打たれるようなものを心の中にもっているから打たれるのぞ。」
「マコトに居れば相手が手をふり上げても打つことは出来ん。」
「よくききわけてくだされよ。」
「笑って来る赤子の無邪気は打たれんであろう。」
「これが無抵抗ぞ。」
「世界一家天下太平ぢゃ。」
「左の頬を出すおろかさをやめて下されよ」。

この帖に関しては、幼児虐待や幼児殺しをしてしまう親が度々ニュースになるなど、説得力のない文章だと考える人や意見もある。

同様に既成宗教では神の「しるし」や「証し」として重要視される奇跡であるが、これについても完全に否定、いくつかの帖で言及し、奇跡やこれらを求め信じる人に警鐘を鳴らしている。
また、他の多くの宗教が修行の一環として断食の必要性やその意義を説いているが日月神示では「正しい食生活について」で、次のように、断食すること自体を厳しく戒めているのも注目される。(春の巻第五帖)
「食物を食べるのも喜びであるぞ。」
「正しき食物正しく食べよ。」
「更に喜びふへて弥栄へるのぢゃ。」
「悪い食物悪く食べるから悪くなるのぢゃ。」
「何も彼も同様ぞ。」
「人民は喜びの子と申してあろう。」
「罪の子でないぞ。」
「うれしうれしの道あるに、何故歩まんのぢゃ。」

しかし、一方で多食や肉食についてはこれを戒めている。(冬の巻捕帖)
「食物節してこそ、ささげてこそ、運ひらけるのぢゃ。」
「病治るのぢゃ。」
「食物、今の半分で足りると申してあらうが。」
「遠くて近いものヒフミの食べ方して見なされよ。」
「運ひらけ、病治ってうれしうれしと輝くぞ。」
「そんなこと位で、病治ったり、運開ける位なら、人民はこんなに苦しまんと申すが、それが理窟と申すもの。」
「理窟悪と申してあるもの。」
「低い学に囚われたメクラ、ツンボと申すものぞ。」
「四ツ足を食ってはならん。」
「共喰となるぞ。」
「草木から動物生まれると申してあろう。」
「臣民の食物は五穀野菜の類であるぞ。」(碧玉の巻第八帖)
なお肉食についてはそれを戒めつつも、次のようにも書記させている。
「獣の喰ひ物くふ時には一度神に献げてからにせよ、神から頂けよ。」
「さうすれば神の喰べ物となる。」
「何たべても大じょうぶになるのぞ」(天つ巻第五帖)。

「人間の生き方」に関しては次の記述が代表的なものであろう。(富士の巻第十四帖)

「臣民にわかる様にいうなれば、身も心も神のものである。」
「毎日毎日神から頂いたものと思えばよいのであるぞ。」
「それでその身体をどんなにしたらよいかと云ふこと分かるであろう。」
「夜になれば眠ったときはお返ししてゐるのざと思へ、それでよく分かるであろうが。」
「身魂みがくと申すことは、神の入れものとして神からお預りしてゐる、神の最も尊いとことしてお扱いすることぞ」
また、次のようにも語っている。(日月の巻第十五帖)
「目覚めたら其の日の生命お預りした事を神に感謝し、其の生命を神の御心のままに弥栄に仕へまつる事に祈れよ。」
「神は其の日其の時に何すべきかに就いて教へるぞ。」
「明日の事に心使ふなよ。」
「心は配れよ。」
「取越苦労するなよ。」

更に夫婦のありかたについては次のように述べている。(春の巻第二十六帖)。

「愛は養はねばならん。」
「夫婦はいのちがけで、お互にきづき合はねばならんぞ。」
「夫婦愛はあるのではない。」
「築き上げねばならんぞ。」
「つくり出すのぢゃ。」
「そこに尊さあるぞ。」
「喜びあるぞ。」
また次のように語っている。(黄金の巻第七十二帖)
「家の治まらんのは女が出るからぞ。」
「夫立てると果報は女に来るぞ。」
さらに次のように語っている。(黄金の巻第九十九帖)
「妻にまかせきった夫、夫にまかせきった妻の姿となれよ。」
「信仰の真の道ひらけるぞ。」
「一皮むけるぞ。」
「岩戸ひらけるぞ。」
「不二(富士)晴れるぞ。」
また、お互いに信頼しきった夫婦関係が大切で信仰の礎であると次のように語っている。(月光の巻第九帖)
「夫婦けんかするでない。」
「夫のみいかんのでない。」
「妻のみ悪いのでないぞ。」
「お互に己の姿を出し合ってゐるのぞ。」
「よく会得せよ。」

霊界と現界との関係

日月神示には霊界についての記述も多く見られるが、特に「二日んの巻」(ジシンの巻)や「龍音之巻」は、ほとんどがこれらについての記述である。
そのなかでも、我々が住んでいる現界と関係が深いと思われるもので主なものを以下に箇条書きで記す。

広く霊界といっても神界と幽界に大別され、神界は天国と霊国に分けられ、幽界はそれぞれ、陽界と陰界に分けられる。

天国には天人が、霊国には天使が住み、幽界は陽界には陽霊人が、陰界には陰霊人が住んでいる。

幽界は人間界と最も深い関係にあり、初期の神懸かりの殆んどはこの幽界からの感応によるものであるから注意が必要である。

目に見えぬ所からの通信は高度のものほど肉体的には感応が弱くなり、暗示的なものになる。
下級霊は現実界と紙一重の所に住んでいる為、その感応は極めて強く人間の目にはいかにも、もっともらしく映るので注意が必要である。

高度の霊がただちに肉体人に感応する事はなく、それぞれの段階を経て感応するものであることを忘れてはならない。

高度なものはその人間の精神(心)に応じてそれと同一波長の神霊に伝達され、その神霊の感応によって表現される。

下級霊が懸かった霊媒の所作や動作、言動は高ぶったり、威張ったり、命令したり、断言したり、高度の神名を名乗ったりするものであるがこれらは良く見極めれば判る。

特別の使命を持つ天使は、最下級の霊界まで降って来て人間に特別な通信をしたり、指示したりする事がある。
また天使の霊が母体に宿り人間として生まれて来ることもある。
末世にはこの種の降誕人が沢山ある。

特別の使命を持つ天使は別として、人霊以外の霊で人間に憑依するのは、日本を例にとれば天狗、仙人、キツネ、タヌキ、ネコなどが大部分である。

先祖霊に化けて何かを企てる動物霊が多いから注意を要する。
動物霊が祖先のことを知っているのは、その憑依の対象となる人間の肉体霊の知ってることを、直ちに知り得るからである。

動物霊が人間の言葉を使うのは不可解にも思えるが、それは例えれば、他人の家に入り込んで其処に有る道具類をそのまま使うのと同じ道理である。
動物霊でも他の霊でも人間に感応したならば、ある程度その人間の持つ言葉を使いこなせる。
日本人に感応すれば日本語を、アメリカ合衆国人ならば英語を語ることが出来る。

基本的に下級霊や動物霊は人間に感応はするが肉体の内部までは入り込めない。
しかし、感応の度が強ければ入ったと同様に見える場合が有る。

例外として人間の魂と動物の魂が入れ替わっている事も有る。
こうした場合は肉体に入り込んだと考えて良い。
例えばそれが狐なら狐の様相を露呈するから、すぐ判るが悪行を積んだ霊などの場合は、その時代時代に合わせて化けているので見破る事が中々難しい。

少しでも、怪しいと思った場合はそれが神の言葉でも裏表の見境もなく闇雲に信じてはならない。
例え神の言葉でも自分で一応考えて、審神する事が重要である。

人間霊の場合でも或種の霊は、自分自身が高度な神界に住んでいると誤信しているものがいるが、こうした霊が感応した場合は自信を以って断言する場合が多い。
人間の知らぬ世界の事を自信を以って強く告げてくるので、判別は困難で多くの場合、審神者は参ってしまう。

仙人というのはどんなに高度に見えるものでも、幽界に属す。
なぜなら、仙人界には戒律があるからである。
神界には戒律はない。
真の宗教に戒律はないのである。
戒律がある宗教は亡びる。
しかし、神界にも仙人的な存在はある。

竜体(竜神の事か?)を持つ霊は神界にも幽界にもある。
竜体だからといってそれらが全て神界に属すると思うのは誤りである。

先祖霊が出る場合は、何か頼みたい事が有る場合が多い。
浄化した高級霊ともなれば、人間の肉体に判るような感応はほとんどない。

先祖は現界に住んでいる肉体人を土台として修業するものである。
また、同様に霊界に於ける自分は先祖との交流や交渉は深いものである。

下級霊や動物霊の場合は「酔いどれ」のように箸にも棒にもかからない事を言ってくる。
霊の要求だからといって、そのまま受け入れるのではなく、よく判断した上で処理しなければならない。

霊眼で見たり霊耳で聞いたりすることは間違いが多い。
霊耳は耳をふさいでも内から聞こえてくる。

物を見るのは額で見ることが重要である。
額の目に見の誤りは無く、額の判断に間違いは無い。
また、悪の霊が懸かった場合は肉体の背後や首すじなどから感応し、人間の「みぞおち」あたりに集まり、そこで頑張るものである。

霊覚者や行者の中には奇跡的な事や非常識な行動をする者がよくいて、一般人はそれに騙される事がよくある。
これらは、いずれも下級霊の仕業である。

正神には奇跡はない。
高級霊は態度が立派である。

どんな下級霊であっても、その霊を馬鹿にしてはならない。
馬鹿にすると反射的に審神者を馬鹿にして始末に負えないことになるので思慮が必要である。
特にその霊が病気に関連をもっている場合は微妙である。
霊には常に愛を持って接し、良い方向に導いて行こうとする努力が大切である。
霊の邪道的要求を受けて一時的に病気を治すと、それに倍になってぶり返すものである。

悪霊自身は自身を悪だとは思っていない。

霊的良識は神示や神典類によって、また体験によって養われる。
更には高度の科学書も参考になる。

神界より真っ直ぐに感応する想念が正流である。
幽界からや幽界を経て流れてくる想念が外流である。

人間界のことを良く知っている霊は人間界を去って間もない霊か地上世界に長く住んでいた動物霊か、人間に憑依していた霊である。

神の守護というのは人間からは全然判らないものである。
判る様な守護は低い神や悪神の守護である。
悪神でも大将ともなればその守護は人間には判らない。

日本には日本の守護の神、中国には中国の、外国には外国のそれぞれの守護の神がいる。

今の人間は9分9厘は幽界との繋がりを持つから、よくよく自分自身を審神し反省する必要がある。

霊媒を通じてこの世に呼びかける霊の9分9厘は邪霊である。
今後は更に激しくなる。

我は「天照大御神」などと名乗る霊にろくなものはいない。
こうした霊に憑かれた人間は例外なく大言壮語するものであり、眉唾ものである。

幽界霊も時によっては正しく善なる事を言うが、それはただ言うだけである。
例えるなら悪人が口先だけで善を語るようなものである。

良い言葉ならば、たとえ悪神が語ってもいいのでは?とも思えるが、それは理屈である。
真の善言や真言は心、言葉、行ないが一致しているから直ちに力を持つが、それらが一致していないと力は出ないのである。
言葉の上のみ同一であっても例えば、同じ「はい」という返事でも喜びの時と不満の時とでは違うように、偽りの言葉は落ち着いて聞けば判るものである。

その人間の心に相応した神しか拝めない。
悪い心で拝めば、どんなに立派な神前でも悪神が感応する。
逆に悪神を拝んでも正しい愛や喜びがあり、善い念が通じるならば悪神は引っ込んでそれぞれの善い神が現れる。

悪神が懸かった時は自分では偉い神様が乗り移ったと信じ込む場合が多い。
それは自分の天狗のような高慢な心が原因である。

2重3重人格というのは2重3重の憑き物の転換によるものである。
また、群衆心理とはその時の一時的な憑依霊の仕業である。

霊人には何でも判ってると思うのは大きな間違いである。

人は死ぬ時の想念がそのまま続くので、その想念に応じた世界に住むことになるのである。
この世を天国として暮らしていた人は天国へ、地獄と感じて生きていた人は自ら地獄的な想念を作り出してそのような世界に住むことになる。

神的自分が本守護神であり、霊的自分が正守護神である。
また、幽界的自分が副守護神である。
本守護神は大神の歓喜である。

人間の肉体は最底部をなすものであるから、肉体的動きの以前において必ず霊的動きが有る。

天界で起こった出来事は必ず現界にも起こる。
しかし、その時の現界の状況により、ある程度左右され早くなったり、遅くなったりする場合がある。
また、時によっては順序が違う場合もある。

天人や天使の行為が人間にうつるのであるが、逆に人間の自由や能力の如何によっての行為も天界や霊界に反映する。
日本や外国では土地が違うように天界へのうつり方も違うのである。

悪い事(天災や不幸等)を待つ心は魔の心である。
いつどこにそれらが来るのかと待ち望んでいるような心は悪魔に使われているのである。

神の知らせと終戦

天明に日月神示が降り始めてから、まだ1年も経たない昭和20年のある日に(天明はこの頃は上記した東京、千駄ヶ谷の八幡神社で留守神主をしていた)、神前に座ると神霊の「天明、此所をやめい」と言うお告げが有り、これはそれから3日間にわたって連日続いたという。
その後、天明が留守神主を辞職した直後の昭和20年に米国軍の焼夷弾が本殿に落下し、危ういところで天明は一命を救われたという。
左記の事実は岡本三典が天明から直接に聞いた話として三典の著書(『日月神示はなぜ岡本天明に降りたか』)に記されている。

前述のように日月神示の書記が始まったのは、第二次世界大戦が終結する約1年2ヶ月前の昭和19年からであるが、この数日後に早くも枢軸国側と日本の敗戦を告げているらしい記述が見られる。
「上つ巻」第四帖(書記日、昭和19年)では以下のように記述されている。(原文ではドイツは卍、イタリアは一十と書記されている)
「ドイツもイタリアもあてにならぬ。」
「世界中一つになりて㋹の国に寄せて来るぞ。」
「それなのに今のやり方でよいと思うてゐるのか。」
更には日本が国家としての存続が危ぶまれるほどの大打撃を受け、東京もあたり一帯が焦土と化し焼け野原になってしまうらしい事が書記されている。(同巻第十一帖、書記日、昭和19年)
「日本の国は一度つぶれた様になるのざぞ。」
「一度は神も仏もないものと皆が思う世が来るのぞ。」
「東京も元の土に一ときはかえる。」
「だから、その積りでゐて呉れよ。」
「神の申したこと違はんぞ。」

更に終戦の約2カ月前に書記された「松の巻」第七帖(書記日、昭和20年)では次のように記述されている。
「偉い人皆俘虜(とりこ)となるぞ。」
「夜明け近くなったぞ。」
「夜明けたらなにもかもはっきりするぞ。」
「夜明前は闇より暗いぞ。」
「慌てるでないぞ。」
間もなく戦争が終わるらしい事と指導者達(政治家高官や軍事関係者上層部)が戦犯として逮捕、収監されるらしい事がこの時点ではっきりと述べられている。
なお、上記した終戦時に自殺を思いとどまった軍人達の中にはこの記述を知っていた者もかなりの人数がいたと言われている。
神示にはまた、敗戦後の復興や経済的な発展、そして日本人の精神的な凋落ぶりを指摘していると思われる帖も有るという。
「アメの巻」第十四帖(書記日、昭和20年昭和20年)では以下のようにある。
「今度の俘虜(とりこ)まだまだぞ。」
「何れ元に帰って来るから、元に帰って又盛り返して来るなれど、またまた繰り返へすぞ。」
「|三の巻」(うみの巻)第四帖(書記日、昭和22年でも以下説明が続くので、英語説明を削除しました。のようにある。
「出てきてから、又同じ様なこと繰り返すぞ、今度は魂抜けてゐるからグニャグニャぞ、グニャグニャ細工しか出来んぞ。」
「それに迷ふでないぞ。」
これらは逮捕、収監されていた者も釈放、解放される事であると言われている。
また、敗戦後の復興の反面、精神的に退廃する社会や無気力な人間が多く現われて来る様子を書記させたものだと言われている。
また、「黄金の巻」第五十九帖(書記日、昭和24年昭和24年)では「金で世を治めて、金で潰して、地固めしてみろくの世と致すのぢゃ。」と語られている。
これは近年興った「バブル景気」とその崩壊を指しているのではないかと考えられている。
また、2007年~2008年頃に米国より起ったリーマンブラザーズによるサブプライムローン問題に端を発する100年に一度あるかないかと言われる全世界的な大不況を指しているとも考えられる。

未来に関しての記述

国常立尊と過去の予言者達
日月神示には未来に関しての記述も多く、上記の軍人達がこの神示を拠りどころにしていたのも戦争の行く末やその勝敗を知りたかった事も大きな理由のひとつだったと思われる。
神示の中ではこれから起こるらしい大災厄や戦乱を「大峠」や「三千世界の大洗濯」と呼び、それらは現界に生きている人間のみならず霊界等も含めた全ての世界に等しく起こるとされ、神霊の言葉によれば「三千世界すべての大建替」になるという。
また、洋の東西を問わず、予言者と称される人間が過去に幾人か現れて世界の終末とその後に「理想世界」の到来する事を説いているが、それらも「国常立尊」と呼ばれるこの神霊の仕組みであったと神霊自身は語っている。
「一火リの巻」(ヒカリの巻)第四帖では以下説明が続くので、英語説明を削除しました。のようにある。
「世界国々所々に世の大洗濯知らす神柱現はしてあろが、これは皆この方の仕組ぢゃ。」
「だから皆仲良う手引き合ってやって呉れよ。」
これは時代を超えて古くからこの神霊の仕組みや働きがあったものと考えられている。
なお、この先に起こるらしい未来の出来事やその対処について、神霊は次のように語っている。
「この先どうしたらよいかと云ふ事は、世界中金の草鞋(わらじ)で捜しても九九(ここ)より他分からんのじゃ。」
「だから、改心して訪ねて御座れ。」(松の巻第五帖)
「世が引繰り返って元の神世に返るといふことは、神神様には分って居る。」
「世界ところどころにその事知らし告げる神柱ある。」
「されど、最後のことは九(こ)の神でないと分らんぞ。」(下つ巻第二十三帖)
また、次のように語っている。(天つ巻第四帖)
「あちこちに臣民の肉体かりて予言する神が沢山出てゐるなれど、九分九厘は分りて居れども、とどめの最后(最期)分らんから、この方に従ひて御用せよと申してゐるのぞ。」
「砂糖にたかる蟻となるなよ。」
高級神霊でもその全てが、今後に起こる未来の出来事を知っている訳ではないらしいという記述が見られる。
また、「みろくの世」と神霊が呼ぶ理想世界が来る前には現界でもこうした、何もわからない霊に憑かれた、いかがわしい予言者や神懸りした宗教家などが多く現れて、世の人を惑わすらしいと記されている次のような帖もある。
「夜明け前になると霊がかりがウヨウヨ、勝手放題にまぜくり返すなれど、それもしばらくの狂言。」(星座之巻第十八帖)
こうした混乱も一時的で束の間のものでしかないと語られている。

三千世界の大洗濯と大峠
神示には過去にも世の建替は6度あったとあり、今後に起こるとされる大建替で7度目だという。
そして、これが最後なのだとも書記されている。
過去6度のそれぞれについては全て現界のみの建替であった為に、すぐに元に戻り根本的な大建替にはならなかったのだという。
そして、今後に起こるとされる大建替では過去にあったそれらとは全く異なり、現界はもちろんの事、神界、霊界、幽界等も含めた全ての世界に起こり、天明が最初に麻賀多神社で書記させられたように、文字通り「この世始まって二度とない苦労」になるのだとされる。
「松の巻」第十二帖では以下のように述べている。
「前にも建替はあったのざが、三千世界の建替ではなかった。」
「そのため、どの世界にでも少しでも曇りあったら、それが大きくなって悪は走れば、苦労に甘いから、神々様でも、悪に知らず知らずなって来るのざぞ。」
「天つ巻」第二帖でも次のように述べている。
「これまでの改造は膏薬(こうやく)張りざから、すぐ元にかへるのぞ。」
「今度は今までにない、文(ふみ)にも口にも伝えてない改造じゃ。」
「だから、臣民界のみでなく神界も引っくるめて改造するのざから、この方らでないと、そこらに御座る守護神さまには分らんのぞ。」
今までの建替とは違い三千世界すべてに渡って起こる大災厄になる事と一部の高級神霊しか、それらの仕組みが分らないらしい事がここでも述べられている。

また、建替については次のように述べている帖もある。」(水の巻第十二帖)
「建替と申すのは、神界、幽界、顕界にある今までの事をきれいに塵一つ残らぬ様に洗濯することざぞ。」
「今度と云ふ今度は何処までもきれいさっぱりと建替するのざぞ。」
「建直と申すのは、世の元の大神様の御心のままにする事ぞ。」
「御光の世にすることぞ。」
多くの帖で、今度の大建替があらゆる世界に及ぶ事とその後に想像を絶するような光の世界が到来することが書記されている。

予兆
上記の三千世界の大洗濯や大峠が来る直前にはいくつかの兆候があるのだと神示には書記されている。
まず、天空に異常が現れ本来ひとつのはずの「太陽」が複数個見られる様になるという。
また「月」にも異常が現れ太陽はその色が「黒く」月は「赤く」なり、空も赤く染まるのだという。
また、北から軍事攻撃されるのが、その始まりになるとも書記されている。
これらは次のように述べられている。
「北から攻めて来るときが、この世の終り始めなり。」
「天にお日様一つでないぞ、二つ三つ四つ出て来くる。」
「そしたら、この世の終りと思へかし。」
「この世の終りは神国の始めと思へ臣民よ。」
「神々様にも知らすぞよ。」(富士の巻第十六帖)
「月は赤くなるぞ、日は黒くなるぞ、空はち(血)の色となるぞ、流れもちぢゃ。」
「人民四つん這ひやら、逆立ちやら、ノタウチに、一時はなるのであるぞ。」(紫金之巻第五帖)
天空の異変については、上記以外にもう次のように書記されている。
「宵の明星が東へ廻ってゐたら、愈々(いよいよ)だぞ。」
「天の異変気付けと、くどう申してあろがな。」(松の巻第十九帖)
更には次のように書記されている。(夜明けの巻第三帖)
「天の異変気付と申してあろう。」
「冬の次が春とは限らんと申してあろが。」
「夏雪降ることもあるのざぞ。」
「人民の邪気が凝りて、天にも地にも、わけの判らん虫わくぞ。」
同様に「空に変りたこと現はれたならば地に変りたことがあると心得よ。」
「いよいよとなりて来てゐるのざぞ。」とある。(天つ巻第十三帖)
天や空の異変が見られるのだと神示には幾つかの帖で書記されている。
また、次のように書かれている。(下つ巻第三十帖)
「八のつく日に気つけて呉れよ、だんだん近づいたから。」
「辛酉(かのととり)はよき日、よき年ぞ。」
「冬に桜咲いたら気つけて呉れよ。」
冬に桜が咲いたり夏に雪が降ったりといった季節の異常なども大きな予兆になるのだという。

大峠
上記した予兆の後に起こるとされる大戦乱や天変地異についての記述は神示の中に多く見られる。
戦乱については多くの国がひとつになって日本に攻めて来るのだという。
また、時を同じくして天変地異なども起こると神示には書記されている。
「富士の巻」第三帖では次のように書記されている。
「メリカもギリスは更なり、ドイツもイタリもオロシヤも外国はみな一つになりて㋹の国に攻め寄せて来る。」
「その覚悟で用意しておけよ。」
「どこから何んなこと出来るか、臣民には分かるまいがな。」
アメリカ合衆国、イギリス、ドイツ、イタリア、ロシアなどの国の軍隊が日本に攻めて来るらしい事が述べられている。
また、天変地異については「下つ巻」第二十八帖で以下のようにある。
「またたきの間に天地引繰り返る様な大騒動が出来る。」
「だから、くどう気つけてゐるのざ。」
「さあといふ時になりてからでは間に合はんぞ、用意なされよ。」
更にはそれだけにとどまらず次のように続く。(磐戸(一八十)の巻第七帖)
「人民のイクサや天災ばかりで、今度の岩戸ひらくと思ふてゐたら大きな間違ひざぞ。」
「戦や天災でラチあく様なチョロコイことでないぞ。」
「あいた口ふさがらんことになりて来るのざから、早うミタマ磨いてこわいもの無いやうになっておりてくれよ。」
「肉体のこわさではないぞ、タマのこわさざぞ。」
「タマの戦や禍は見当とれまいがな、神のミコトにきけよ。」
「それにはどうしてもミタマ磨いて神かかれる様にならねばならんのざ。」
「神かかりと申しても其処らに御座る天狗や狐や狸つきではないぞ。」
「まことの神かかりであるぞ。」
本当の怖さは人間の戦争や天災、また、肉体などではなくタマ(魂)の災禍の怖さなのだという。
同様に次のように書記されている帖もある。
「戦恐れてゐるが臣民の戦位。」
「何が怖いのぞ。」
「それより己の心に巣くうてる悪のみたまが怖いぞ。」(富士の巻第七帖))
本当の怖さは魂のそれだとここでも述べられている。
なお、神示の中で書記されている天変地異については次のような災いが起こるとされる。

世界中が唸り、陸が海となるところや、海が陸になるところもあるという。(上つ巻第三帖)、(地つ巻第十六帖)

大地震、火の雨降らしての大洗濯になるという。(紫金之巻第五帖)

火と水の災難がいかに恐ろしいかを大なり小なり知らされる事になるという。(富士の巻第十九帖)

一時は天も地も一つにまぜまぜになるという。(富士の巻第十九帖)

天地がうなり、上下引っくり返るという。(上つ巻第二十七帖))

大風が起こり、大海原には竜巻が発生し、やがて火の雨と地震が、山は火を噴きどよめくという。(富士の巻第二十四帖)

富士山がいよいよ動くのだという。(上つ巻第二十一帖)

大地も転位、天も転位するという。(五葉之巻第十五帖)

その他エピソード等

天明が知人である高田集蔵の誘いで、昭和19年6月10日に千葉県印旛郡公津村台方(現・成田市台方)を訪れたのはその近くに「どぶろく」を造っている家が在り、そこに行けば「どぶろく」を飲めると言う事が最初の理由だったらしい。
当時は戦時中でもあり酒には不自由していた時代であった。
天明自身は酒がかなり好きだったといわれる。
しかし、先方の都合で結局、酒は飲めなかったという。

天之日津久神社に参拝し、自動書記も終えて無人の社務所で休んでいた時に籠を背負った農家風の老婆が現れ天明と親しくなり、社務所にあった御神酒を2人で平らげてしまったという。
老婆はまるでここの主でもあるかのように、遠慮もなく酒瓶を持ち出して来て、天明に酒を飲むように勧めたらしい。
その雰囲気は天明に勧めつつ、そしてまた自分も共に飲むといった感じで、自然で上手だったと天明は後に語っている。
その後も神社近くの老婆の裕福そうな家でたらふく御馳走になったという。

この2年後に天之日津久神社近くに天明は住むことになるが、この老婆にまず、挨拶しようと老婆の家を探したが家もなく老婆もおらず(天明の後の述懐によれば、そこに家があったと思われる痕跡すら無かったという)、近所の人に聞いても分からず、浦島太郎になったような釈然としない不思議な気持ち(天明の言葉によれば、今浦島のような気持ち)だったという。

岡本三典によると天明は神示が降ろされてからも、しばらくの間はそれを全くと言っていいほど読む事も出来ず内容も解らなかった為、下級霊の仕業に依るものだと思っていたらしい。
その為に書記された原文も放って置いたり、中には捨ててしまったものさえあったという。
神示の重要性を最初に気付き天明に知らせたのは、「大本」時代からの知り合いである「矢野新」(陸軍大佐の矢野祐太郎の妻)だったという。
この矢野新は優れた霊能者であり天明からはじめて原文を見せられた時に、即座にその重大性を直感し「これは正真正銘の太神様の御真筆ですよ」と顔色を変えて答えたという。

その後、この矢野が呼びかけ指揮を執る形で幾人かの霊能者や神典研究家が集まり神示を解読する研究会が誕生。
神示は少しずつ解読されていったという。

上記の矢野以外に神示の重要性に気付いた、もう一人の人物が天明と同じく八幡神社で留守神主を務めていた「法元」だったという。
法元も陸軍大佐であり、軍人達の中(特に陸軍内)に日月神示を知っている者が多かったのはこれが理由のひとつだったと思われる。
おそらく法元は八幡神社で勤務していた時に、天明が自動書記で神示を書かされる場面を垣間見た事があり、その状況や雰囲気に大きく感銘を受けたものと思われる。
軍人でありながら留守神主の一人に任命されている事から法元自身がかなりの神道知識と素養を持っていたと考えられ、この「法元」という名前自体もそれに基づく「神号」か「雅号」だと推測される。
しかも、陸軍大佐という高位の立場にあった為、陸軍内における発言力や影響力は非常に大きく、上層部や仲間の軍人達に報告し、承認されたであろう事も容易に推測される。
また、神示が散逸せずに無事に残ったのもこの法元のおかげであったと三典は自著で記している。

その後に天明自身も神示の重要性に気付き書記されたものを清書したりしていたが、清書した神示のいくつかは、神前に供えていたところ霊化して消えて無くなってしまったという。
(清書したものが消えて、原文は残っていたと思われる。)

天明自身はもともと、かなりの小食家だったが神示が降りる前には更に少なくなり、1日に餅1個やリンゴ1個しか食べない日が続いたという。
それでも本人は元気で気分は至って爽快だったらしい。

神示の中で「天明は神示うつす役、書かす御役」(極め之巻第十帖)や「天明は神示書かす御役ぞ、陰の役ぞ」(地つ巻第二十九帖)などと書記されている部分があるが、神霊も天明に懸かるのが難しい時や苦労した場合もあったらしい。
それに関して次のように神霊が述べている帖がある。
「天明阿房になりて呉れよ。」
「我すてて呉れよ。」
「神かかるのに苦しいぞ。」(地つ巻第十二帖)
「テンメイかいしん(改心)まだまだのまだであるぞ。」(黄金の巻第二十五帖)。

国常立尊の姿については、「下つ巻」第三帖で以下のように書記されている。
「この神のまことの姿見せてやる積りでありたが、人に見せると、びっくりして気を失ふもしれんから、石にほらせて見せておいたのにまだ気づかんから木の型をやったであろうがな。」
「それが神の或る活動の時の姿であるぞ。」
「神の見せ物にしてはならんぞ。」
「天つ巻」第四帖でも「この方は元の肉体のままに生き通しであるから、天明にも見せなんだのぞ。」と書記されている。
天明自身も若い頃に所属していた「大本」の「出口王仁三郎」によると、その姿は光明に輝き、深いまなじりに光をたたえた、「八握の神剣」を腰に帯した白髪の老神だったという。(出口和明『大地の母3巻 地獄の釜』)。
また、同じ「大本」の「出口なお」も霊夢で見た国常立尊の姿は純白の衣冠束帯で剣も白金の光芒を射放つ、眩いばかりの神だったという。(出口和明『大地の母4巻 立春の光』)

神示によると世の中が乱れたのは人間界からではなく、神界からなのだという。
「んめの巻(梅の巻?運命?の巻)」第十帖で以下のように述べている。
「世は神界から乱れたのであるぞ。」
「人間界から世建直して地の岩戸人間が開いて見せると云ふ程の気魄(きはく)なくてならんのざぞ、その気魄幸はふのざぞ、岩戸ひらけるぞ。」
人間界側からの努力が大切なのであると語られている。
また、同巻の第二十四帖でも以下のように書記させている。
「人民も磨けば神に御意見される程に身魂に依ってはなれるのであるぞ。」

「何より身魂磨き結構。」

[English Translation]