武者小路家 (Mushanokoji Family)

武者小路家(むしゃのこうじけ)は日本の氏族(公家)。
藤原北家藤原公季流(閑院流)の三条西家の支流。
家格は羽林家。
家業は歌道。
家紋は三条唐花菱。

家歴

江戸時代前期の寛永年間に、右大臣三条西実条の次男武者小路公種を始祖として創立された。
家禄は130石。

2代武者小路実陰は西郊実信の子(三条西実条の曾孫)として西郊家に生まれたが、大伯父・公種の養子となり、堂上の武者小路家を相続した。
実陰と3代武者小路公野は議奏を務めた。
また実陰は霊元天皇歌壇の代表的歌人でもあり、霊元院から古今伝授を受け、中御門天皇・桜町天皇の和歌の師範をも務めた。
それらの功績により実陰は羽林家(極官は大納言)でありながら従一位准大臣まで昇進した。
同家はこの実陰も含め、優れた歌人を数多く輩出している。

実陰の次男高松重季は、父の実家・西郊家の再興を天皇から特別に許された。
以後、西郊家も羽林家に加わることとなったが、その際、家名を高松に改めている。

6代武者小路実純(三条季晴の子)は、寛政2年(1790年)に官を辞して同4年には位記を返上している。
実純と7代武者小路公隆(三条西実称の子)はともに三条家からの養子。
幕末の8代武者小路実建は日米修好通商条約に反対して廷臣八十八卿の列参に加わった(廷臣八十八卿列参事件)。

明治17年、9代武者小路実世が子爵を授けられた。
10代武者小路公共は駐ドイツ大使や宮内省宗秩寮総裁を務めた。

備考

武者小路実篤や武者小路公秀は庶流であり、本家の当主ではない。

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