中院家 ({{engl}})

中院家(なかのいんけ)は、大臣家の家格を有する公家。
村上源氏で久我家の分家。

江戸時代の家禄は500石。
家紋は六つ竜胆車。
伯爵。

村上天皇の皇子具平親王の子孫で内大臣を務めた源通親(土御門通親)の五男、中院通方を祖として創設された。
大臣家の一つとして鎌倉時代初期にその家格を固めた。

中院通勝は江戸時代前期にかけての公家で二条派の歌人である。
細川幽斎(幽斎)に学んで和歌・和学を極め、歌書等を表した。
1579年(天正7年)中納言正三位に至る。
江戸時代中期には霊元天皇歌壇で活躍することとなる中院通躬がでた。

中院通富は江戸時代末期、国事に奔走し、明治維新後、参与となる。
明治17年伯爵位を授けられた。

現在、中院家の邸宅跡には護王神社が鎮座している。

中院文庫

中院通規により京都大学に中院家代々の貴重な文書類が寄贈され、中院文庫と名付けられた。
二条派歌道の宗匠の家柄の一つでもあったので、歌道に関する文書類が多い。

[English Translation]