脱亜入欧 (Datsua Nyuo (Leave Asia, enter Europe))

脱亜入欧(だつあにゅうおう)とは、「第三世界であるアジアを脱し、ヨーロッパ列強の一員となる」ことを目的とした、日本におけるスローガンや思想である。

意味
欧米列強が植民地戦争を繰り広げていた明治時代初期に、「富国強兵」と共に政府が実行した政策の根幹となった思想である。
後の朝鮮半島や中国など、アジア大陸への侵略に至る流れの始まりと見ることもできる。

具体化された例としては、ファッション日本における歴史や廃刀令が、列びに1880年代の鹿鳴館が有名である。

福澤諭吉が書いたとされる論説「脱亜論」は、基本的にこの考え方にそっていると指摘されることがある。
またよく間違えられることであるが、福澤諭吉は署名著作・時事新報論説のすべてにおいて「入欧」という言葉を一度も使用していない。

一方、逆説的であるが興亜論(後の時代では「大アジア主義」)の考えこそが、中国・朝鮮への進出を押し進めたという説も有力に主張されている。

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