藤原基家 (陸奥守) (FUJIWARA no Motoie (Mutsu no kami [the governor of Mutsu Province]))

藤原基家(ふじわら の もといえ、生年未詳 - 寛治7年(1093年))は平安時代末期の貴族。
参議藤原兼経の長男で大納言藤原道綱の孫に当たる。
母は中納言藤原隆家の娘。
同母弟に藤原敦家がある。
左中将、陸奥守。

後三年の役が終結した翌年の寛治2年(1088年)、源義家が陸奥守を解任されると、その後任として赴任する。
寛治6年(1092年)には、陸奥国最大の在地勢力である藤原清衡に合戦の企てが見えると朝廷に報告している。

翌7年、任国において死去している。

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