中沢道二 (NAKAZAWA Doni)

中沢 道二(なかざわ どうに、享保10年8月15日 (旧暦)(1725年9月21日) - 享和3年6月11日 (旧暦)(1803年7月29日))は、江戸時代中期から後期にかけて活躍した石門心学者。
道二は号で、名は義道。
京都西陣で織職の家の出身で、亀屋久兵衛と称した。

一度家業を継いだのち、40歳ごろから手島堵庵に師事して石門心学を学んだ。
その後、江戸に下り1779年(安永8年)日本橋塩町に学舎「参前舎」を設け、石門心学の普及に努めた。
道二の石門心学は庶民だけでなく江戸幕府の老中松平定信をはじめ、大名などにも広がり、江戸の人足寄場における教諭方も務めている。

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