久我通基 (KOGA Michimoto)

久我 通基(こが みちもと、仁治元年(1240年) - 延慶 (日本)元年11月29日 (旧暦)(1309年1月10日))は、鎌倉時代の公卿。
後深草天皇(89代)・亀山天皇(90代)・後宇多天皇(91代)・伏見天皇(92代)の四帝にわたり仕え、官位は従一位内大臣まで進む。
父は大納言久我通忠・母は右近衛中将源通時。
子に太政大臣久我通雄、権中納言久我通嗣、左近衛中将久我通材、参議久我通宣がいる。

建長7年(1255年)に従三位となり、公卿に列する。
参議、美作権守・権中納言・中納言を経て、文永6年(1269年)権大納言となる。
弘安元年(1278年)右近衛大将に任じられる。
弘安8年(1285年)大納言に任じられ、正応元年(1288年)に内大臣に任じられるも辞す。

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