紀大磐 (KI no Oiwa)

紀 大磐(き の おおいわ、生没年不詳)は、古墳時代の豪族。
紀小弓の子。

465年5月 (旧暦)、父が雄略天皇の命を受けての新羅との交戦中に、病死したと聞いて、百済に向かうが、横暴な振る舞いによって小弓の後に大将として権力を握っていた小鹿火宿禰を怒らせてしまう。
小鹿火は、蘇我韓子を唆し、彼を暗殺しようとしたが、韓子は返り討ちにされ、小鹿火も、帰還の際、角国(今の山口県)に留まってしまうことになる。
このとき大磐も一時帰国していたが、再び朝鮮に渡った。
高句麗と結んで朝鮮南部の王となろうとして、百済と兵力が尽きるまで戦い、487年帰国した。

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