東高野街道 (Higashi Koya-Kaido Road)

東高野街道(ひがしこうやかいどう)とは、かつて京都から高野山への参詣道として用いられた街道。

概要
数ある高野街道のうち、いちばん東側に位置する道筋。
八幡(京都府八幡市)で京街道 (大坂街道) と別れ、河内国の東部を通り、長野(大阪府河内長野市)で西高野街道と合流し、

以南は高野街道として紀見峠、橋本、高野山へ至る。

いつ頃に形成されたかは定かでない。
既存の集落を経ず、出来るだけ直線になるように通されており、自然発生的に形成された道ではなく、計画に基づいて建設された日本の古代道路であると言われている。

淀川水系の河川や、かつて存在した巨大な河内湖(深野池)周辺の湿地帯を避けて生駒山地の麓を通り、河内国府(現在の藤井寺市)付近で大和川を越えると石川 (大阪府)の左岸に沿って通った。

平安時代には駅が設置され、京と河内国府を結ぶ官道としても重要であったとされる。

その後は官道としての重要性は薄れたものの、仏教信仰の一般化に伴い、高野山参りが盛んになると参拝道として賑わうようになった。

現在では、大阪府道・京都府道735号長尾八幡線、枚方バイパス、大阪府道18号枚方交野寝屋川線、大阪府道20号枚方富田林泉佐野線と国道170号(旧道)各道の大半に相当または平行する。

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